〜大石道場の役割〜
 自分が生きることによって人が活きる。人が生きることによって自分が活きる、これに尽きます。総裁の訴えていたものは武道教育というものです。教育の目的は知性と理性を植えつけることです。知性というのは身につけた知識を正しく使っていく能力、理性は物事を正しく判断する能力です。この理性の部分を道場で指導していかなければならないと思っています。自分の役割を正しく理解して、社会にとって必要とされる人間、信頼される人間に育ってもらうことです。それが総裁の真の意志を継ぐということだと思います。強さに心が備わってこその極真空手だと思います。


アメリカの教育と日本の伝統文化
 アメリカは自分の国を強くするためにいい人材を作りたい、そのために子供の教育は狭く深くやるんだそうです。15歳を過ぎたら子供に選択させますが、それまでは「これをやりなさい」と親が決めて狭く深く、追求させるそうです。一つのことを追求させると苦しくなっても我慢できるようになるからです。つまり忍耐力や精神力を子供に身につけさせ壁を乗り越えさせるのです。その基礎を15歳までの間に作ってしまうそうです。日本はその逆のことをやっています。月曜日は水泳教室、火曜日は空手、水曜日は英会話といろんなことを浅くやるから「知ること」はできても「身につけること」はできないのです。百の技を一回ずつ行なうより、一つの技を百回やった方が強いに決まっています。(中略)
野球やサッカーはみんなでやるものですから一人ではどうにもなりません。でも空手の稽古はするもしないも自分で決めます。私は空手によって本当に多くの経験をさせてもらいました。自分という人間を極真空手が作ってくれたのです。だから「自分だけで終わらせてはいけない、一人でも多くの人に技も心も正しく伝えなければいけない」と思っています。

フルコンタクトカラテ(2005年12月号) 大石師範インタビューより


道場に還元
 極真空手は素晴らしいものです。それも総裁の教えがあったからこそです。総裁の言ったことを自分流に変えないでなるべく教わったことをそのまま曲げないで綺麗に伝えたい、それだけを考えています。基本も自分の癖を極力つけないように心がけています。「前屈立ちは、相手に向かっていく立ち方なんだ。後屈立ちは受身を強くする立ち方なんだ」と、教わったことをそのままわかりやすく伝えていきたいです。「一つの型は三千回、一つの技は十万回」だということも伝えていきます。精神面では「金と権力の奴隷になってはいけない」と総裁はいつも言ってました。「苦しい時にこそ強くなる、艱難辛苦、汝を玉にする」ということです。それから「勇気を失うことは自分を失うことだ。勇気を失ってはいけない。大器晩成、早熟は腐るも早し」、その一つ一つの言葉を道場の信念として折に触れ、時に応じて伝えていきたいと思います。(中略)
 大山総裁の著書に「極真への道」というのがあります。この本に書かれている「金よりも道を求めよ」ということを心の戒めにしておかなければいけないと思っています。
 私は「自分の家は作らない」と弟子に言ってあります。自分の家を作っても喜ぶのは結局家族位のものです。同じ金額で道場を作れば、何百人、何千人もの道場生に役立ちます。師範としては当たり前の判断であると思います。道場に力がついたら全部道場に還元するというのが道場生との約束です。道場生は大石という人間を信用してくれているわけです。それを裏切るわけにはいきません。だから自分の生き方で認めてもらうしかないわけです。総裁は「支部長はいつでも覚悟を決められる武将でありサムライでいなさい」と話していました。決して実業家ではないということです。自分が習い覚えた突き、蹴り、型というものを武士の守り刀に見立てて、いつでも磨いていなければいけません。その刀が極真の場合だったら自分の空手ということです。

フルコンタクトカラテ(2006年2月号) 大石師範インタビューより















































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